人気ブログランキング | 話題のタグを見る

オタクリーマン“DiO”の奇妙な日常


by dio-w21
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

フライングじいちゃん

僕のじいちゃんはどちらも戦争に行っていません。
父方のじいちゃん(故人)は戦時中は兵隊に行きそうな
お年頃でしたが役場勤めで役職があった人なので行かずに済みました。
母方のじいちゃん(今もぴんぴん存命中)は
訓練中に戦争が終わり行かずに済んだと言います。

母方のじいちゃんは当時、兵隊をやるなら
パイロットになりたかったそうです。
そこでパイロットを志願したそうなのですが
当時じいちゃんは背が低く身体も小さかったため、
パイロットではなく通信兵をやれと言われたそうです。

ここで言う通信兵とは、操縦席の後ろに乗って
外部との連絡等を請け負う兵隊のことです。
じいちゃんは、自分で責任を持って操縦した飛行機で
死ぬのなら仕方ないが、他人が操縦した飛行機に
自分の生死をゆだねるのは我慢ならない、と
飛行機に乗るのを断り、別の訓練についたそうです。

そのままパイロットになった若者の中には
特攻等で命を落とした者もいたそうですよ。

(゚Д゚;) ア、アブネー、じいちゃん。

その時そのまま飛行機に乗ることになっていたら
死んでいたかもしれませんよ!
そしたら僕いませんよぅ~。
ナイスわがままだじいちゃん!(笑)
これからも長生きしてね。
Commented by dio-w21 at 2005-08-15 19:54
■Yura 昭和初期、戦争を体験した人は日を追えば追うほど老衰等で
失われていきますね。
さて、特攻と言えば有名なジャパニーズカミカゼ。
何故カミカゼ特攻が採用されたのかは戦争を知らぬ現在の世代(30よりも前)
の人達は知らない人も多そうであり・・・
20よりも前ならカミカゼすら知らなかったりして・・・
まあ、ぶっちゃけて言えば

当時 日本VS米国 では軍隊比率が 1:3 で圧倒的劣勢
日本兵は1人で3人の米兵を倒せば勝てるという無茶な事をした

当時戦闘機はまだ主流になる前(終戦頃は主流になったが)
今ほど空戦が全てではなかった
というか戦艦とか海軍が主軸だった
当時の海戦ではお互いに攻撃(主砲)の平均命中率は 3%
つまり、どんぱちやっても簡単には当たらんわけです
しかも物資をやたら消費する
日本海軍は徹底的に訓練して命中率を 6% ぐらいまでは
精度を上げたそうですが・・・まあそれでもって奴です
しかも日本は基本的に本国では物資を自給出来ない。
空から落とす爆弾すら数厳しくなる中で考えられたのが
爆弾を持ったまま操縦者もろとも突撃する
Commented by dio-w21 at 2005-08-15 19:54
■Yura
当時の爆弾も誘導なんてするわきゃありません
落としたらそのまま自由落下、慣性の法則に従って落ちます
空高くから落とすわけですから命中だってそんなしません
それならば、ギリギリまで操縦してもろともと言う考え・・・
当時の米国もかなり恐怖したとか・・・
そりゃあキチガイだわなあ、はたから見れば・・・

結果としてカミカゼ特攻の平均命中率は10%強
効果は確かに出たのです
ただ、それに伴う損害は度外視しますが・・・

たかが10%でも、当時では10%も命中したわけです
戦争ってのは本当に恐いもんですな・・・

ちなみに、今は亡き母方の祖父は軍に所属出来ませんでした
背が高すぎて制服が着れなかったそうです・・・
これはこれで運が良いと思う・・・
..2005/08/12(Fri) 01:40
Commented by dio-w21 at 2005-08-15 19:54
■Cammy 人を乗せれば当たるだろう、というその発想は
確かにマトモじゃないよね…。
それにしても背が高すぎてってのはスゴイよね。
おじいさんくらいの年代で180cm超えてるってのは
かなりの大男だったろうねぇ。
..2005/08/12(Fri) 16:39
名前
URL
削除用パスワード
by dio-w21 | 2005-08-11 19:56 | 家族 | Comments(3)